多汗症とは、異常に汗が出てしまう病気です。暑いときや運動後などに汗をかきやすい体質の「汗っかき」とは異なります。多汗症の場合は、日常生活に支障を来すほど発汗してしまうので、QOL(生活の質)の低下を引き起こし、さらに精神的ストレス・コンプレックスを招きます。
あるインターネット調査によると、多汗症で悩まれている方は約10人に1人(約10%)の割合でしたが、その中で実際に医療機関を受診したことがある人は、わずか4%程度でした。
多汗症は、適切な治療によって症状の緩和・改善が期待できる病気です。
最近では多汗症に対する保険適用の外用薬の種類が増え、治療の選択肢は広がっています。多汗症でお悩みの方は、お気軽に当院までご相談ください。
次のような症状はありますか?
以下の項目に思い当たる場合には「多汗症」の可能性がありますので、皮膚科を受診されると良いでしょう。
・暑くない、運動した後でもないのに汗をかく
・手のひら・足の裏・脇が汗ばんでいることが多い
・衣服の腋の下部分に黄色っぽい汗染みができる
・温度差の変化や緊張があると、手の平・足の裏・腋に大量の汗をかく
・手の汗で本やノートなどが濡れることがある
私たち人間には生命維持のため、体温を一定(平熱:36度前後)に保つしくみが備わっています。そんな温度調節を可能にしているのが「汗」です。
夏の朝や夕方に道路などに水を撒く「打ち水」をすると、気化熱により周囲の温度が下がりますが、汗も同じ理屈です。外気温の高いときや運動によって体温が上がると、身体は汗を出し、汗が蒸発するときに皮膚から熱を奪うことで体温を下げているのです。
汗を分泌する汗腺(かんせん)には、2種類あります。
陰部・唇を除く、ほぼ全身に分布している非常に小さな汗腺です。皮膚表面の浅いところにあり、私たちの汗のほとんどは、このエクリン汗です。成分の99%が水分なので、基本的にはサラサラで無色無臭です。日本人では全身で約230万個存在しており、寒い日でも自然に汗が分泌されています。
大きな汗腺で、開口部が毛穴に繋がっている汗腺です。脇・乳首・お臍の周り・陰部・耳の穴など、限られた部位にのみ存在します。ここからの汗は、水分以外にも脂肪・たんぱく質などが混ざっているので、粘り気があります。性ホルモンが分泌に関連していると考えられています。
(図)エクリン腺とアポクリン腺
多汗症には全身に多量の汗をかく「全身性多汗症」と、手のひら・足の裏・脇など身体の一部に限定して多量の汗をかく「局所性多汗症」があり、多汗症の約90%は局所性です。
ほかに、原因からの分類として、他の病気に合併して起こる「続発性」と、原因不明の「原発性」があります。
全身性多汗症では、次のような要因が発症に繋がっています(=続発性全身性多汗症)。
・運動・高温環境・発熱などによる体温の上昇
・他の病気との合併
・内分泌代謝疾患(更年期障害、甲状腺機能亢進症、糖尿病、肥満症など)
・神経学的疾患(パーキンソン病など)
・薬の副作用
向精神薬・睡眠導入薬・非ステロイド抗炎症薬・ステロイド薬などの服用
・感染症
・結核や敗血症など
その他、上記のような原因がないにもかかわらず多量に発汗する「原発性(特発性)」の場合があります。
名前の通り、全身に多量の汗をかきます。汗ばむ程度から汗がしたたり落ちる程度まで、発汗の程度には個人差があります。
局所性多汗症では、手のひら・足の裏・脇・頭など身体の一部分にだけ大量の汗をかきます。
全国疫学調査(2009年)*1によると、手掌多汗症(手のひらの多汗症)の有病率は、人口の約5.3%と非常に高い割合でした。しかし、医療機関を受診している方は1割にも満たず、治療せずに放置している患者さんが多く存在しています。
全身性多汗症と同様に原因不明の原発性の場合もありますが、一般的に次のような要因によって引き起こされます。
・精神的緊張
局所性多汗症の発症要因の大部分を占めます。緊張など強いストレスが続くと、発汗に影響を及ぼす交感神経が優位に働くためです。手のひら・足の裏・脇で発症することが多いです。
・辛いものを食べたとき
顔の多汗で多い要因です。食事が終わると、汗も引きます。
・神経障害
腫瘍や手術・外傷などによる神経障害が要因となることがあります。
特に多汗部位が左右非対称の場合には、神経疾患によって引き起こされている可能性が高いとされます。
・皮膚疾患
生まれつき、または乳幼児期から四肢(手足)にエクリン汗腺の過剰増殖(過誤腫)が起こる稀な疾患「エクリン母斑」がある場合、手掌や足底の多汗を伴います。
局所性多汗症では、幼児期~思春期の発症が多くみられます。汗は日中に多く、寝ているときには発汗が止まっているという特徴があります。発汗の程度には個人差があり、汗ばむ程度からしたたり落ちる程まで様々です。
なお、局所性多汗症では、多汗が起こる部位によって病名が異なります。
手のひらだけ多汗する場合は「手掌多汗症(しゅしょうたかんしょう)」、足の裏だけの多汗であれば「足蹠多汗症(そくせきたかんしょう)」となります。したたり落ちるほどの発汗がみられる重症例では、絶えず手足が湿っており、指先は冷え、紫色っぽくなっていることがあります。あせも・カビ・細菌感染を起こしやすいです。
精神的緊張や温熱刺激によって、左右の脇で多汗がみられます。脇の下はそもそも汗腺が多いので発汗しやすい部位ですが、多汗症患者さんでは下着やシャツに染みができるほどの汗が出ます。第二次性徴を迎える思春期頃に自覚することが多いです。また、手のひらの多汗を伴う場合があります。なお、脇にはアポクリン腺の分布が多いので、汗によって皮膚表面の雑菌が増えると、ワキガ(不快な臭い)の原因となることがあります。
頭・顔・耳から流れ落ちるほどの大量の発汗が起こります。数分で発汗は治まることがほとんどですが、数時間続く場合もあります。成人前後の自覚や男性の発症が多くみられます。
多汗症は問診から診断します。
多汗症の約9割を占める「局所性多汗症」は、診断ガイドラインが作成されています。ガイドラインによると、明らかな原因がみられないまま、過剰な発汗が6か月以上認められ、以下の6つの項目のうち、2つ以上当てはまる場合には「原発性多汗症」と診断されます*2。
*2(参考)原発性局所多汗症診療ガイドライン2023年改訂版P.7|日本皮膚科学会
・最初に症状が出たのが、25歳以下である
・身体の左右対称的に発汗が見られる
・睡眠中は発汗が止まっている
・1週間に1回以上、多汗のエピソードがある
例)書類を触ったら汗でインクがにじんだ、など
・家族に多汗症の人がいる
・多汗により日常生活に支障を来している
例)他人と手を繋げない、汗じみが気になって好きな衣服を着られない、電子機器が手の湿気で故障しやすいなど
多汗症の治療目標は、患者さんが発汗によって日常生活に支障を来さないよう、生活の質が改善されることをゴールとします。
当院では、外用薬および内服薬(保険適用)による治療を中心に行っております。
外用療法は、いわゆる「塗り薬」のことです。多汗症では最初に行う治療法と位置付けられています。現在、脇の多汗症(原発性腋窩多汗症)および手のひらの多汗症(原発性手掌多汗症)のみ保険適用の外用薬があります(2023年6月)。
診療ガイドラインにおいて、全ての部位で第一選択治療として推奨されています。
塩化アルミニウムには、強い防臭効果と収れん作用(組織を縮める作用)があります。患部に直接塗ることで、汗孔(かんこう:汗が出る口)を物理的に塞いで発汗を防ぎます。
当院では、20%塩化アルミニウム液(院内製剤)をご用意しています。
【適応部位】手のひら、足の裏、脇など
【効果がみられるまで】約2週間~3週間 (効果が出るまで毎日使用)
【効果の持続】1回の使用により2日~7日間の発汗抑制、2日~4日間の防臭
【注意点】かゆみ・かぶれが現れることがある(刺激性接触皮膚炎)
※皮膚炎となってしまった際は使用を止め、ステロイド外用薬を処方します。
【費用】60ml 550円(税込)
【使用方法】
脇および手のひら・足の裏(軽症):就寝前に発汗している場所に直接溶液を塗ってください。
手のひら・足の裏(重症):就寝前、発汗している部分に大量に塗布するか、薄手のガーゼ・綿手袋に染み込ませて、さらに上からゴム手袋やラップなどで覆います。翌朝、水で外用液を洗い流してください。
抗コリン剤は、神経伝達物質であるアセチルコリンの作用を阻害することで、発汗を抑制します。
・エクロックゲル®
エクロックゲルは、2020年に多汗症治療に対する外用薬として、日本で初めて保険承認された「抗コリン剤」です。塩化アルミニウムで皮膚がかぶれてしまったり、効果不十分だったりする人におすすめです。
【適応部位】脇
【効果の持続】1日
【注意点】抗コリン剤なので緑内障・前立腺肥大症の患者さんは使用不可、原則12歳以上の使用
【使用方法】
就寝前や朝シャワー後など1日1回、専用のアプリケーターに薬剤を付け、脇の下全体に塗り広げます。手で直接塗り広げてはいけません。手に残った薬剤が顔に付いてしまうと、緑内障・口渇などの副作用を起こすことがあります。
・ラピフォートワイプ®
2022年に保険承認された、1回使い切りのシートタイプのお薬です。臨床試験では、平均発汗重量が50%以上改善した患者さんの割合が、2週目で約92%、28週で約82%、52週で約85%と高い水準をキープしていたと報告されています。
即効性があり、毎日の使用により効果の持続が期待できます。
【適応部位】脇
【効果の持続】1日
【注意点】8歳未満の患者さんには使用不可、汗拭きシートではないので脇以外には使用不可、開封時の薬剤飛散に注意、緑内障・前立腺肥大症患者さんの使用不可
【使用方法】
1日1回、個包装されている一つを開け、薬剤を含んだシートを両脇に塗ってください。塗って20秒~30秒待って、薬剤が乾いてから、衣類を着てください。
・アポハイドローション®
2023年6月より販売開始され、日本で初めて保険適用された手掌多汗症に対する外用薬です。プラセボ(偽薬)との比較試験では、投与4週間後に半数以上の患者さんで発汗量が50%以上改善されたとしています。
【適応部位】手のひら
【効果の持続】1日
【注意点】12歳以上の患者さんに使用可能、可燃性成分を含むので火気の使用を避ける、手のひら以外の使用禁止、就寝前に塗ったら起床後まで手を洗わない、緑内障・前立腺肥大症患者さんの使用不可
【使用方法】
手のひらの水分をよく拭いてから、手のひらに1回5プッシュ出して、左右の手のひらに均等に塗り広げる。薬剤が乾いてから、就寝してください。起床後、手を流水でよく洗います。
現在、保険承認されているお薬は、「臭化プロパンテリン」のみです。
汗を促す自律神経に働きかけ、発汗を抑えます。
手のひら・足の裏・脇の多汗症では、外用薬での治療が不十分なときに選択されるケースが多くなっています。頭部・顔面の多汗症では、有効な治療法の選択肢が少ないことから、最初に行うケースもあります。
【適応部位】手のひら・足の裏・脇・頭部・顔面
【注意点】効果にばらつきがある、便秘・口渇などの副作用がある、緑内障・前立腺肥大症の患者さんは使用不可
【使用方法】
1回1錠を1日3回服用します。
体表の水分うっ滞を改善し、発汗異常の改善や免疫調整作用を持つ「防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)」を用います。即効性があるお薬ではなく、継続した服用が必要となります。
暑いとき、運動した後などに汗が出ることは、体温を下げるために必要な生理現象です。「汗っかき」は体温を下げる必要がある場面で汗をかきやすい「体質」を表す言葉です。
一方「多汗症」は、発汗による体温調節が必要でないときでも日常生活に支障を来すほど汗をかく「疾患」です。
原因となっている疾患がある場合には、疾患を治療することが発症予防に繋がります。ただし、原因がはっきりしないケースも少なくないため、今のところ多汗症の発症を完全に防ぐ方法はありません。しかし、発汗は交感神経による汗腺への刺激で起こり、「過剰な交感神経の働き」は多汗を引き起こす要因となるので、できるだけ交感神経を優位にさせないことが、多汗を抑えるポイントのひとつです。
辛み・酸味の強いものの摂取は、交感神経を優位にさせる作用があります。多汗症の患者さんは、刺激物の過剰摂取は控えた方が良いでしょう。同様に、コーヒー・紅茶などカフェインが多量に含まれている飲料やアルコールの過剰摂取も避けましょう。
喫煙・睡眠不足・過労などは交感神経を優位にさせるので、日々の生活習慣を見直しましょう。
運動や趣味の時間を作って、適宜ストレスを解消して溜めないようにしましょう。
また、リラックスタイムを大事にして、自律神経のバランスを整えると、緊張による多汗が出にくくなります。